東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9304号 判決 1979年3月27日
原告 岡部キヌ ほか二名
被告 国
代理人 金沢正公 永田英男 ほか四名
主文
別紙目録(一)記載の地域の立木のうち別紙目録(三)及び(四)記載の地域の立木について本件訴を却下する。別紙目録(一)記載の地域の立木のうち別紙目録(三)及び(四)記載の地域の立木を除くその余の地域の立木について原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら(請求の趣旨)
1 別紙目録(一)記載の地域の立木は原告らの所有であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 別紙目録(一)記載の地域(以下「本件係争地域」という)は別紙目録(二)の(1)ないし(4)記載の四筆の山林で構成されているものであるが、訴外岡部岩雄(以下「岩雄」という)は、昭和九年一一月八日、訴外村上三郎から同人の所有する本件係争地域の立木を地盤たる土地と共に代金一五万円で買受けた。
当時金一五万円とは今日の貨幣価値に換算すると約一二億円に相当する金額であるが、本件係争地域は当時は人里離れた交通不便の地であつて、土地利用価値は全く認められていなかつたものであるから、岩雄は本件係争地域に群生する立木の価値に着目して、これを将来薪炭、木材、パルプ原料等として高価に売却することができることを見込んで資産となすために買受けたもので、あくまで立木が主たる取引対象であつた。
2 前項の売買契約後の昭和一〇年六月四日から同年六月二四日までの間に、売主村上三郎は訴外柿木富太郎、買主岩雄は訴外武井忠一を各々代理人として、双方立会の下に本件係争地域の実地踏査をなし、その際確認のために杭や岩石、立木等に境界を示す番号等を記入した上で、同月二四日岩雄代理人武井忠一は本件係争地域の立木の現実の引渡を受けたが、岩雄はその後引続き代理人をおいて本件係争地域内に山小屋を作らせ本件係争地域内の立木の管理にあたらせた。
3 岩雄は本件係争地域に境界を接して国有地があり、後日紛争を惹起するのを防ぐため、及び立木を山火事等の人為的災害から守るため、「火の用心、山林所有者岡部岩雄」と記入した亜鉛メツキ鋼板製のプレート五〇〇枚を作成し、そのうち約三〇〇枚を昭和一三年九月八日から約一〇日ほどかけて本件係争地域と国有地の境界(三方面)付近の主要な立木に釘で打付け、更に昭和一八年には約一〇〇枚を、昭和三一年には約七〇枚を同様釘で打付けて明認方法を施し、昭和三七年には新たに前同様のプレート四〇〇枚を作成して、同じく境界付近の主要な立木に釘で打ち付けて明認方法を施した。
4 岩雄は右のように本件係争地域の立木に明認方法を施すことによつて、本件係争地域の土地所有権から立木所有権を分離し、それぞれ別個の権利の客体としたものである。
5 仮に前記載の所有権取得原因が認められないとしても、岩雄は前2及び3項記載の行為をなし、所有の意思をもつて本件係争地域の立木を占有してきたので、一〇年の取得時効の完成によつて、又仮に占有の始めに過失があつたとしても二〇年の取得時効の完成によつて完全な本件係争地域の立木所有権を取得したものであるから、昭和二三年一〇月又は同三三年一〇月には本件係争地域の立木は岩雄の所有するものとなつた。
6 岩雄は昭和五〇年一月七日死亡し、本件係争地域の立木所有権を原告らが共同で相続して取得した。
7 然るに被告は本件係争地域の立木の所有権の帰属を争うのでその確認を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実のうち、本件係争地域が別紙目録(二)記載の(1)ないし(4)の四筆の山林からなつているとの部分は否認し、岩雄が本件係争地域の立木を訴外村上三郎から購入したとの部分は不知。
別紙目録(二)記載の(1)ないし(4)の四筆の山林は別紙目録(三)記載の地域に該当するものであり、同地域の立木が原告らの所有であることは認める。また、別紙目録(四)記載の地域は、訴外浅利由蔵所有の別紙目録(二)記載の(5)の土地に該当する。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
岩雄が掲示したのは「火の用心山林所有者岡部岩雄」との標示板であり、到底立木の所有権を土地と独立して公示する明認方法と認められるものではなく、単に山林及び立木を人為的災害から守るために入山者の注意を喚起したものに過ぎない。
又右標示板は昭和三六年以降掲示されたもので、その掲示範囲は本件係争地域の南側県境沿いの一〇数ヶ所に過ぎず、到底本件係争地域全体を公示したものとはいえない。
4 同4の事実は否認する。
5 同6の事実は不知。
三 被告の主張
原告らの被相続人岩雄は、本件係争地域の土地所有権確認の訴を被告に対して提起して敗訴判決が確定している(一審盛岡地方裁判所昭和三七年(ワ)第一七七号、一部訴却下、その余請求棄却、控訴審仙台高等裁判所昭和四四年(ネ)第二九九号控訴棄却、仙台高等裁判所昭和五〇年(ネオ)第七四号上告却下)。本件訴は右確定判決の既判力に触れるものである。即ち立木は原則として土地の一部であり、本件立木を含む本件係争地域の土地については既に前訴確定判決において、岩雄に所有権が存しないことが確定しているのであるから、本訴は前訴の既判力に触れて棄却を免れない。
四 被告の主張に対する原告らの認否
本件係争地域の範囲が、被告主張の訴において岩雄が土地所有権確認を求めた地域の範囲と同一であることは認めるが、本訴が前訴の既判力に触れるとの主張は争う。
第三証拠関係 <略>
理由
一 <証拠略>によると、岩雄は本件係争地域の土地所有権の確認の訴を国を被告として盛岡地方裁判所に提起し(岩雄が土地所有権確認を求めた地域の範囲が本件係争地域の範囲と同一であることは当事者間に争いがない)、右事件は同裁判所昭和三七年(ワ)第一七七号土地所有権確認請求事件として係属し、昭和四四年六月一九日に、本件係争地域の土地のうち別紙目録(三)の地域の土地についての請求は確認の利益がないとし、同目録(四)記載の地域の土地についての請求は被告適格を欠くとして、いずれも同事件原告の訴を却下し、本件係争地域の土地のうち別紙目録(三)及び(四)記載の地域を除くその余の地域の土地について同事件原告の請求を棄却するとの判決の言渡がなされたこと、岩雄は右判決に対し控訴の申立をなし、右は仙台高等裁判所に昭和四四年(ネ)第二九九号として係属したが、同裁判所は昭和五〇年九月二九日控訴棄却の判決を言渡したこと、更に原告らは亡岩雄の訴訟承継人として右控訴審判決に対し上告の申立をなしたが、上告状に上告理由の記載をせずかつ法定期間内に上告理由書を提出しなかつた為、仙台高等裁判所は昭和五一年二月二六日上告却下の決定をした(昭和五〇年(ネオ)第七四号)こと、右上告却下決定により盛岡地方裁判所の言渡した前記岩雄の敗訴判決が確定したことが認められる(以下前記岩雄の提起した訴訟を「前訴」という)。
二 立木は本来地盤たる土地の所有権の内容をなすものであるから、前訴確定判決において本件係争地域の土地所有権の帰属について判断が下された以上、その内容をなすに過ぎない立木の所有権の帰属についての判断も原則として右判決に包含されているものと解され、土地所有権確認の訴を提起して敗訴した者が再び同一の土地上に生立する立木の所有権確認の訴を同一人を被告として提起しても、既判力の時的標準となる事実審口頭弁論終結時以降の権利変動等の事由が認められなければ、前訴の既判力に抵触するとして後訴請求も排斥されることとなるのである。
但し、取引当事者が、立木を、地盤たる土地とは別個に取引の対象となして立木のみを譲渡する場合、民法二四二条但書の適用される場合、立木につき「立木ニ関スル法律」による所有権保存登記がなされた場合(同法二条)、他人所有の土地に権原によらずして自己所有の立木を植え付けるなどして、右立木のみにつき所有の意思をもつて占有してきた場合で他の取得時効の要件を具備する場合などには、例外的に、立木はその生立する地盤たる土地とは別個独立の物として、その上に独立の所有権が成立することがある。
従つて原告らの本訴請求が岩雄に対する前訴確定判決の既判力に抵触するか否かを判断するためには、本件係争地域の立木につき、前記の如き地盤たる土地所有権から立木所有権を分離すべき事情が存するか否かを検討しなくてはならない。
三 ところで、原告らの主張によれば、岩雄は昭和九年一一月八日、村上三郎から同人の所有する本件係争地域の立木を地盤と共に代金一五万円で買受け、その後昭和一三年九月八日以降本件係争地域の立木に明認方法を施したというのであり、原告らは、右明認方法の実施により立木は土地所有権と分離し、独立に権利の客体となるに至つたと主張する。
しかし、土地の上に立木が生立する場合において、その地盤と立木とが同一人の所有に属するときは地盤と立木とは一個の土地所有権の目的たるものであつて、地盤と立木とに付、各別に所有権が存在するものではなく、従つて土地とともに立木を買受けた場合に、立木だけに明認方法を施したとしても、右明認方法は土地の一部としての立木に対し独立の不動産性を与えたものということはできないものといわざるを得ない(「立木ニ関スル法律」により所有権保存の登記を経由した立木は地盤たる土地から独立した不動産とされ、爾後、地盤たる土地の処分は立木には及ばないのに対し、明認方法にはかかる機能はなく、地盤と共に立木の所有権を取得した者が、立木について明認方法を施しても土地につき所有権移転登記を経由しない以上、右立木につき独立にその所有権の取得を第三者に対抗できない。大審院昭和九年一二月二八日判決民集一三巻二四二七頁参照)。
なお、原告らは、前記岩雄と村上三郎の本件係争地域の土地及び立木の売買契約に際し、財産的価値の大きさの点において立木を主たるものとし、その地盤たる土地は従たるものとして売買の対象となつたに過ぎない旨強調するが、仮に原告らの主張のとおりであつたとしても、立木とその地盤たる土地が共に売買の対象となつた以上、前述のとおり、立木がその地盤たる土地所有権の内容をなしていることにはかわりがなく、立木が土地所有権から分離して独立の権利の客体となるものではない。
よつて、本件係争地域の立木に明認方法が施されたか否かに拘わりなく、原告らの前記主張は理由がないものというべきである。
四 次に原告らの時効の主張につき判断する。
他人の所有する土地上に生立する立木の所有権のみを時効により取得するためには立木のみを所有の意思をもつて占有することが要件となるものであるところ、原告らは本件係争地域の立木を所有の意思をもつて占有してきたとして、立木に明認方法を施したことのほか、立木の現実の引渡を受けたこと、山小屋を作らせ代理人をして立木の管理にあたらせてきたこと等を主張する。
しかしながら、前記のとおり、立木とその生立する地盤が同一人の所有に属する場合に於ては地盤と立木とにつき各別の所有権が存在するものでなく、一個の土地所有権の目的となるものであり、同様に立木と地盤を所有の意思をもつて占有する者は特段の事情がない限り、これらを各別にではなく、両者につき一個の所有意思をもつて占有するものと認めるのが相当であり、<証拠略>によつても、本件係争地域は岩手県岩手郡雫石町の一部にあたり、周囲を一、〇〇〇メートルから一、四〇〇メートルの山々で囲まれた約四、〇〇〇町歩に及ぶ広大な地域で、山に囲まれたその内部には多くの沢とブナの森があり、そのうえ三メートルを越える笹やぶの密生する原生林地帯であること、昭和九年一一月八日岩雄と村上三郎間の本件係争地域の山林売買契約締結時及び同一〇年六月二五日岩雄代理人武井忠一と村上三郎代理人柿木富太郎間の右山林引渡確認時のいずれにおいても、立木及び地盤たる土地は一体のものとして扱われていたこと、岩雄は同二三年二月一九日に別紙目録(二)の(1)ないし(4)記載の四筆の土地につき所有権移転登記手続をなしたこと(<証拠略>によれば、当時岩雄は本件係争地域は別紙目録(二)の(1)ないし(4)記載の四筆の土地で構成されているものと考えていたことが推認される)が認められるところ、右認定事実及び一記載のとおり岩雄は昭和三七年来本件係争地域の土地所有権確認の訴を国を被告として提起していること等を考慮すると、岩雄は昭和九年一一月八日以来本件係争地域の立木をその地盤たる土地とは別個のものとして扱つたことはなかつたものと認められ、他に原告ら主張の如く岩雄が本件係争地域の立木のみを所有の意思をもつて占有してきたと認めるに足りる証拠はない。
してみると原告らの本件係争地域の立木所有権時効取得の主張はその余の要件事実について判断を加えるまでもなく理由がないこと明らかである。
五 以上の次第で、岩雄が本件係争地域の立木の所有権をその地盤たる土地の所有権とは別個、独立のものとして取得したとの原告らの主張はいずれも失当であるところ、<証拠略>によれば、原告らが岩雄の前訴事実審口答弁論終結後の一般承継人であることが認められるから、原告らは民事訴訟法二〇一条により前訴確定判決の既判力の効力を受ける者であり、又原告らの主張する岩雄の本件係争地域の立木所有権の取得原因は前訴事実審口頭弁論終結時より以前の事由のみであることは<証拠略>より明らかであるから、原告らの本訴請求は前訴確定判決の既判力に牴触するものといわなくてはならない。
六 前訴確定判決が本件係争地域の土地のうち別紙目録(三)記載の地域の土地についての請求は確認の利益を欠くとし、同(四)記載の地域の土地についての請求は被告適格を欠くとして訴を却下していることは一で認定したとおりであるが、訴訟判決も起訴行為の有効要件としての訴訟能力や代理権の欠缺に基く場合等を除いて、その確定した訴訟要件の欠缺について既判力を有するものと解されるから、前訴の事実審口頭弁論終結後、格別、事情の変更が認められない本訴においても前訴の訴訟判決の判断に従い、本件係争地域の立木のうち別紙目録(三)及び(四)記載の地域の立木については本件訴を却下すべきである。
七 結び
よつて原告らの本訴請求は、本件係争地域の立木のうち別紙目録(三)及び(四)記載の地域の立木についての部分の訴を不適法として却下し、その余の部分を理由がないとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤安弘 小田泰機 高林龍)
別紙目録(一)ないし(四) <略>